今回は前回に引き続き、PlayStation4.、5でプレイできるゴーストオブツシマを取り上げたいと思います。

黒澤明愛が炸裂してるこの作品、黒澤明が三船敏郎と主要キャストとして迎えた作品群は、そのもの自体が人間の成長譚を描いていて、このゴーストオブツシマでも同じくその事をわかっていながら描いている点、チャンバラ映画に対してリアルな映画を心掛けて世界の映画の型式そのものを変えた点、
たとえ親子でなくとも家族になれる事をテーマにした黒澤明の映画と同じように、このゴーストオブツシマでもその点を強調しながら悲劇に見舞われるような、その事を前回詳しく記事にしました。

多分、世界でもここまでゴーストオブツシマについて掘り下げてる記事は世界中探してもないと思います。今回もさらに深掘りしたいと思いますので、もし今回からこの記事を見た方はこの後でもいいので、前回の記事も読んでいただければと思います。
さて前回の記事に前述に書いた通り色々と指摘しましたが、感心したのは蒙古襲来の史実に黒澤明作品をしっかりと取り入れているだけでなく、一神教/ユダヤ、キリスト、イスラム教からみてもそのストーリー構造にしっかりと西洋の精神性を取り入れている事です。
ゴーストオブツシマの殿様と主人公の仁の関係は、親子ではないですがしっかりと結ばられいる点。これはキリスト教における父なる神と人々とも考えられる。
父なる神、あるいはアブラハム、またはイエスキリストという存在がいて人々に教えを説く。
しかし侵略戦争において毒.現代で言えば核兵器をつかおうとする人々に対して、それは神の意志に背く行為だ、というが、その意志に背いて毒/核兵器を使い、それが原因でむしろ毒は拡まっていってしまうという点。

ギリシャ神話におけるプロメテウスの火、アダムとイヴにおける蛇の誘惑によってリンゴを食べて、楽園を追い出され彷徨う事になった事をストーリーからも想像させます。日本の歴史、黒澤明、フランケンシュタインの小説、そして和の心と共に西洋の精神性もしっかり入れてストーリーが走っていて様々な解釈ができるからこそ、ここまでヒットしたのだと思います。
前回の記事でも書きましたが、私はスーパーマリオすらクリアしていない、ゲームが大の苦手の男ですが、そんな私でもクリアしたのちも合計80時間以上、夢中にやったゲームです。
今、デスストランディング2とアーマードコア6をやっていますが、このどちらかをクリアしたら、ゴーストオブヨーテイをやった後にまたやりたいと思っています。
そんな大好きなゲームだけど、唯一惜しい点がありました。そしてそれは昨今のDEI、ポリコレ問題にも関わってくる問題です。このゴーストオブツシマは、間違いなくその事について映画、ドラマ、本といったジャンルよりも強いメッセージを発信できたゲームだと思います。その事について指摘したいと思います。
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まず親子でなくとも血がつながってなくとも親子になれる、家族になれるというストーリー性はいいのですが、侵略した元寇に対しては人間とみなさず家族になれない絶対悪として描いている点。私は歴史が好きなのでわかるのですが、この元寇というのはロシア、中国、インド、中東そしてドイツあたりまで侵略していました。
その時に、東に和の国というちっちゃな国がある事に気づいて、私達の支配下に入りなさい、と書簡を2度3度送ったが、鎌倉幕府はそれを無視したから元寇は攻めてきたという史実があります。
確かに侵略された側は、あんな奴等は同じ人間でも家族にはなれないと思うと思います。しかしこれだけ広大な地域を支配したのは大英帝国でも不可能でした。その支配力と他民族との結びつきは強かったという事が言える。
ゴーストオブツシマはこの問題を考えていない点が浮かび上がってきます。
私達はこの日本に定住してなんらかの生産活動をして暮らしています。これは農耕民族の典型になります。
例えばパンが一つしかない。3人の人がいたとしたらいずれ争いになると思います。
でもこれが1日15個のパンが作れるとしたら、争いよりも協調した方が3人は生き残る事できるという選択肢が生まれ、それを実践するようになる。

農耕民族は、まず農業において量を確保し、そして質を高めて生産体制を作り、食事ができる事に感謝しながら、死と向き合いつつ、神の存在を考えながら、神話のもとに中世まではまとまった民族と言えます。
農業が盛んになるとその土地を抑える地主が現れる。さらにその地域をおさめる領主が現れる。さらにその国をおさめる幕府あるいは帝国が作られていきます。そこでは環境に合わせた宗教が生まれますが、この体制がしっかりしていればいるだけ国は平和かどうかは別として駆動していきます。
農耕民族というのは、生産性が高くできる体制を整えていると言えますが、災害や外からくる外圧にはとても弱いという事が言えます。
その生産体制、あるいは宗教的価値観にそぐわないと排除する方向に傾きやすい。
資本主義といっても植民地支配で築きあげた価値観であるところが多々あります。多くは侵略した側の都合で駆動しているところに、少数派やLGBTQの人々に人権を、と言われるとその理論は最もであるが、自分達の生産体制や宗教的価値観がくつがえされるのではないか?と思考が働いてしまう。さらに差別された側も暮らしていかなければいけないので当然、豊かな暮らしを求める訳ですし、それはなんら悪い事ではない訳です。

それが故に摩擦も大きくなりやすくなる。ここに映画、ドラマ、小説そしてゲームで多様性と訴えて差別された側が今までやられた分、復讐してやるとか、そういうストーリー性はより摩擦が大きくなりやすくなる。
多くの人が差別はいけないとわかっていても、自分達の生産体制や宗教的価値観と違うと、農耕民族の輪の中ではどうしても警戒心が駆動してしまうところがあります。
アメリカは国家と定めた時から移民国家です。欧州の人々が略奪して築きあげた国ですが、人口比率で言えばその白人を中心とした人々よりも有色人種の方が多くなり、近いうちにその均衡は崩れます。トランプの振るう行動は1人の横暴なのか?それとも植民地で乗っ取ったヨーロッパの植民地型思考の終わりなのか。個人的には後者だと感じています。
農耕民族文化は富の一極化がなりやすく、その土地、その国をおさめる宗教、将軍あるいは皇帝は権威、権力を誇示するために遠くからでも見える城、教会あるいは寺などを建築します。これによって人々に結果的には威圧する事になるし、他国から来た人もそのような建築物やピラミッドのような墓を見て、この国がどんな権力を持った人がいるか、建築物を見てどんな文化なのか、推し量りつつ貿易をするか戦争して領土を支配下にするか判断する事になる。

裏を返すと富の一極化によって権威と権力が集中すると高い所から見下ろす事になるので、長期化すれば富をもたない人々は不満が溜まりやすく分断が起きやすくなるという実体があります。
幕府や帝国には不満があるが1日食べる食糧がある。神に感謝しながら1日1日を暮らしていくが、災害に見舞われ飢饉にさらされた時は、あの高い所に住む権力者は私達が飢饉で苦しんでいるのに、のうのうと暮らしている。神の意志と自由のために権力者を打倒せよ、と反乱が起きたりする。これによって転覆したのがフランス革命とも言えます。
なぜモンゴル民族は強かったのか
それでは続いてはゴーストオブツシマの元寇側/遊牧民の歴史を簡単に説明します。
ザックリいうと農業ができない砂漠や寒冷地帯に住んでいるのが遊牧民となります。故に飢饉といつも隣り合わせで、交渉はするが、略奪、誘拐、虐殺というのはかなり起きやすく、農耕民族以上に残酷な側面がある歴史です。

農業ができないから定住せずに遊牧する。飢饉をまぬがれるために徒党は組みますが、得た報酬が少ないと、すぐに分裂してしまうう。故にまとまる事がなかなか難しいという所も特徴ですが、それを大きくまとめあげたのがチンギスハーンです。
遊牧民の特徴は、常に遊牧しながら生きるというのは、物を持たない、極力必要最低限で物を持たず、「捨てる」という事を第一に考える。
農耕民族とは対称的です。生んで生産性を高めて体制を整えると富の構築がされて、それが高い建築物など見た目にも直結しますが、そもそも遊牧民は捨てる事を第一にしてますから生産性はなく、富の構築も高い建築物も必要ない。そしてそこにまつわる争いもないし、農耕民族は羊の肉よりもダイヤを望みますが、遊牧民はダイヤよりも羊の肉を望みます。価値観が全く違った、という事です。
農耕民族は生産体制、宗教的価値観に既存し、その体制と宗教や価値観にそぐわないと迫害対象にしてしまうけど、遊牧民はそもそも生産体制が構築できないから、生産体制がどうであろうが、宗教がなんであろうが関係なく、互いに交渉してうまくいくならば、簡単に手を組む事ができる民族だという事です。

長々と書いてきましたがw、いかがでしょうか?モンゴル高原に住む民族がいかに強かったか、農耕民族はそれぞれ互いに徒党を組めなくしてしまうが、遊牧民は真逆で主張は多種多様な民族とも組みやすい環境と精神性を備えている、という事になります。
勿論、取り分が合わないとすぐに分裂はするのだけど、時代には多種多様な民族をまとめる人物が出てくる。それがチンギスハーンです。遊牧民の歴史は苛烈で残酷です。飢饉と隣り合わせの分、生き残るために犬の鳴き声すらしないというくらい、虐殺を繰り返したりしました。特にユーラシア大陸を侵略した際は、とてもおぞましい事も多々ありました。
一方で私達、農耕民族の価値観そのものも、分断を引き起こしてしまうところがどうしてもある。
ゴーストオブツシマというゲームでは、その互いの価値観をぶつけ合いながら、これから先の未来に向けて「生み出す力」と「捨てる力」の重要性を説きながらストーリー展開していて欲しかったと感じています。

この二つの概念を両輪にしていかなければ、人類はこの地球という狭い星に住み続ける限り、生き残れないのではないかと思っています。
だから互いの文化背景を説きながら、それを知った上でぶつかりあうという形だったら、と思います。
その事を訴えられる唯一の作品だったのにな、とゲームを終えながら思いました。勿論、とてつもなく楽しみましたが、ここまで読んでくださったゲーマー、あるいは映画やドラマ好きの人ならばわかってくれるかなと思います。
私自身、家庭環境が普通の人とは違って色々あって、辛い経験もしました。
またクラブで夜な夜な遊んでいて、家庭に居場所がなかったり、LGBTQの人達が互いに素姓を知られないようにしながら踊っていたりして、それが縁で仲良くしている友人もいます。
たまにボランティアをしたりしますが、育児放棄された子供や様々な国籍の子供がいたりします。かつて日本は大陸の一部でした。そこに地殻変動が起きて分裂してわずかな人々はいたものの、ロシア、樺太から北海道に渡来して定住したアイヌの人々や、より良い稲作環境を求めてこの日本にたどり着いた人々が移民として渡来してきた経緯があります。その末裔が私達であること。

私の先祖、2万年前から遡るとすると、多種多様な民族と混ざりながら、この日本にたどり着いてきたと思います。
私の血筋の中にはゲイの人も当然いたと思います。また、もし私の子孫がこの先2000年以上続くならば、そこにもゲイ、レズビアン、様々な性質を持つ子孫が当然いるだろうと思います。私は自分のルーツを大切にしたいし、これからもしそういう子供が私の血筋に生まれるならば、その子供達も歓迎したい。差別や区別をなくすならば、今のうちです。ここで私達が自分達のルーツ、これからのルーツを認め歓迎するならば、大きな進歩だと思います。

いかがでしたでしょうか?ゴーストオブツシマについて深掘りしてきました。映画やドラマ好きな人ならば、面白いかどうかは別としてゲームの今の凄さを少しでも感じていただけたら嬉しいですし、
ゲームが好きでたまたまこの記事を見た方ならば、このゴーストオブツシマが黒澤明や映画から深いインスピレーションを受けている事がわかっていただけるかなと思います。
ぜひゴーストオブツシマを未プレイの方はやっていただきたいですし、黒澤明の映画を見た事がない方はぜひご覧になっていただけたらと思います。


正直言うと、映画並みのストーリーでプレイヤーが主人公で20時間以上プレイできるとなると、映像文化の中でもゲームは一歩二歩先行ってるなーと感じてしまいました。
私自身も毎日、仕事に行く時、帰る時はゲーム紹介してるYouTubeのけいじチャネルと
https://youtube.com/@keiji_ch?si=xAQ6Acfbr43efVVE
キャベツの人という人のチャンネルを見たり聞いています。
https://youtube.com/@cabbage_games?si=-Nk4W3gQhxmmw1uX
このお二人はラジオとして聞いていても楽しく聞けるし、ゲーム業界がどうなっているのか、わかりやすく説明してくれるので、とても勉強になっています。
という訳で今回は以上になりますが、次回はデスストランディングというゲームを紹介したいと思います。こちらもとにかくスケールが大きく、映画、小説、哲学、物理、そして歴史と、とにかく多岐にわたってあらゆる学問、芸術ぶんかを取り入れた凄い作品です。ぜひご覧ください‼️
